【世界遺産への旅⑦】寺院に隠したマリア観音

更新日
2022.08.10
情報提供
長崎新聞
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黒島の集落

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相浦港をたった最終便のフェリーは、西へ進路を取った。西海国立公園の名所、九十九島の島々が見える。途中で立ち寄った高島の港から外海に出ると、西日に照らされた黒い島影が前方に見えてきた。

黒島は佐世保市の西南約17キロの沖合に浮かぶ周囲13キロの離島だ。現在の人口は440人。うち8割がカトリックで、敬虔(けいけん)な信者が多いことで知られる。「信仰の島」と呼ばれるゆえんだ。

黒島の地図

黒島では14世紀ごろ、現在の黒島港付近に仏教徒の集落ができた。江戸時代は平戸藩領となり、軍馬を飼育する牧場が置かれた。同藩は1803年に牧場を廃止し、跡地の開発に乗り出す。すると、江戸幕府の禁教令の下でひそかにキリスト教への信仰を続けていた「潜伏キリシタン」たちが、長崎・外海(そとめ)地区や五島列島から移り住んできて、島のあちこちに新たな集落を営んだ。

入植者は海側から斜面を登るように島を切り開いていった。強い海風を遮る防風林の内側に家を建て、畑を耕した。潜伏キリシタンが作った集落は、家が防風林に隠れて見えづらく、一目で分かるという。国は2011年、歴史的な背景と島の暮らしが良く分かる好例として、黒島全域を重要文化的景観に選定した。

集落の中心に黒島天主堂がそびえ立つ「黒島の集落」=佐世保市黒島町
集落の中心に黒島天主堂がそびえ立つ「黒島の集落」=佐世保市黒島町

黒島地区公民館長を務める山内一成さん(62)はカトリック信徒。先祖は外海の出津(しつ)と樫山から移住してきた。「私たちは亡くなると神の御許(みもと)に行ける。年を重ねるほどに信仰心があつくなる」と穏やかな笑みを浮かべる。

黒島には1803年に建立された曹洞(そうとう)宗の興禅寺がある。潜伏キリシタンは仏教徒を装い、檀家(だんか)になった。近くにあった役所では、キリストや聖母マリアの像を踏ませてキリシタンでないか確かめる絵踏みが行われていた。

1961年に興禅寺が建て替えられたとき、本尊の仏像の袖の下に隠されていたマリア観音像が見つかった。山内さんは「仏像を拝むふりをしながら、マリアさまに祈りをささげていたのだろう」と先祖のいちずな信仰心に思いをはせる。

島の西部、蕨(わらべ)集落には、潜伏キリシタンと仏教徒の墓が混在する仕切牧(しきりまき)墓地がある。「西方浄土」の西を向く仏教徒の墓に対し、潜伏キリシタンの墓は東向きだ。キリスト教では死者は復活すると信じられている。なぜ東向きなのかは不明だが、仏教徒と明確に区別したいという思いが感じられる。

潜伏キリシタンと仏教徒、カトリックの墓が混在する仕切牧墓地=佐世保市黒島町
潜伏キリシタンと仏教徒、カトリックの墓が混在する仕切牧墓地=佐世保市黒島町

1865年3月、長崎の大浦天主堂で、フランス人のプティジャン神父と長崎・浦上村の潜伏キリシタンが出会った「信徒発見」が起きた。黒島の潜伏キリシタン20人は同年5月、長崎に渡り、大浦天主堂に駆けつけた。

黒島で洗礼を授ける役職者「水方(みずかた)」を務めていた出口大吉は、「黒島には600人の仲間がいます」と神父に告げた。神父らは黒島の洗礼は文言に誤りがあり、無効と判断した。正しい洗礼の施し方を出口に教え、黒島のキリシタン指導を委ねた。

出口は神父の教えを忠実に守り、仲間たちをカトリック入信に導いた。1872年にはポアリエ神父がひそかに黒島を訪ね、日数(ひかず)集落の出口宅で待望のミサをささげた。現在、出口家の横に「信仰復活の地」の碑が立つ。

 信仰解禁から29年後の1902年、島中央部の名切(なきり)集落に、重厚なれんが造りの黒島天主堂(国指定重要文化財)が完成した。情熱的なマルマン神父の指揮で、信徒は骨身を惜しまず働いた。浜から急な坂を上って資材を運び、れんがを焼き、積み上げ、自分たちの教会をつくりあげた。それは苦労よりも、信仰を公にできる喜びの方が大きかったのかもしれない。

黒島の信徒は幼い頃から教会に行き、ミサにあずかり、キリストの教えを学ぶ。「教会は生活の一部です」と山内さん。黒島天主堂の堂々としたたたずまいが、迫害を乗り越えて復活したキリシタンの姿に重なって見える。

空から見た蕨集落
空から見た蕨集落

アクセス

JR佐世保駅から松浦鉄道で相浦駅まで30分。相浦港まで徒歩5分。黒島港までフェリーで50分。黒島天主堂まで徒歩25分。島内に公共交通機関はない。黒島港の観光案内所「黒島ウェルカムハウス」で電動アシスト自転車(1時間300円)を貸し出している。問い合わせは黒島観光協会(電0956・56・2311)。

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